精神論や根性論を、少しバカにする空気はあるように感じます。古い、ダサい、昭和的。そんなふうに切り捨てられることも、少なくないのかもしれません。
ただ、何かを成し遂げる場面では、熱量や覚悟はかなり重要な要素になりやすい、と私は考えています。どんなに優秀なテクニックやノウハウを手に入れても、熱量が薄いとやり切れない。続かない。途中で「まあいいか」になりやすい。まずはマインド、という順番は、今でも意外と効いているように見えます。
テクニックは増えた。続けられる人は、それほど増えていない
情報は以前より取りやすくなっています。Xでもブログでも、手順はすぐ見つかります。投稿の型、アルゴリズムの話、習慣化のコツ。知識そのものは、以前より差がつきにくくなっているのかもしれません。
差が出やすいのは、知っているかどうかより、やり切るかどうか、に寄っている気がします。心理学では「グリット(やり抜く力)」という言葉もあります。才能や一時のモチベーションより、長期で向き合い続ける姿勢が成果と結びつきやすい、という見方です。精神論そのものではありませんが、近い場所を指しているように感じます。
根性論が嫌われる理由も、わからないではない
精神論が敬遠されるのも、理由はあると思います。休息を否定したり、環境ややり方を無視して「気合が足りない」で済ませたりすると、人を追い詰めてしまう。そこは危うい。気合だけで足りない局面は、実際にあるはずです。
だからこそ、マインドと技術は対立させなくていいのかもしれません。熱量はエンジン、ノウハウはハンドル、のような関係です。エンジンがなければ動かない。ハンドルがなければ事故りやすい。先に点火するのは、やはり「やる理由」と「やり切る覚悟」のほうではないか、と感じます。
今の時代だからこそ、ここで差がつきやすい
便利さは、途中離脱も簡単にします。次のノウハウ、次のツール、次の正解。選択肢が多いぶん、「自分のやり方を育てる」前に乗り換えてしまうこともあるでしょう。
古くてダサく見える覚悟は、実はその乗り換えを止める重しになることがあります。完璧な準備より、熱量が残っているうちに着手する。昨日の自分より一歩だけ前へ出す。派手さはないのですが、積み上がると見え方が変わってくるように思います。
マインドを、空回りさせないために
覚悟を言葉にするだけでは、続きにくいこともあります。小さくてもいいので、行動に落とすと現実味が出やすい。たとえば「毎日投稿する」より「朝、下書きを200字だけ書く」。目標を細かくすると、熱量が散りにくい、という話はよく聞きます。
ノウハウは、その小さな行動を無駄にしにくくするための道具、くらいに置いておくと扱いやすいのかもしれません。マインドが先。技術は後から乗せる。この順番を崩さないだけで、同じ情報の効き方が変わることもあります。
おわりに
精神論を絶対視したいわけではありません。ただ、熱量も覚悟もない状態で、どれだけ優れた方法を集めても、やり切れない場面は多いと感じています。古くてダサくて昭和的、と言われても、今の時代こそ、そこで差がつくことがある。そう思っています。
まずはマインド。そのうえで、使える技術を足していく。この順番を、自分のコンテンツづくりでも大切にしたいと考えています。
Xでも、発信や継続の話を短くまとめて投稿しています。よければフォローしていただけると嬉しいです。
𝕏 @passboxblog(パスボックス情報局)