「若いうちに遊んどけ」という言葉は、よく耳にします。善意から出ていることも多いのでしょう。ただ、少し雑すぎるようにも感じます。
正しくは、「若いうちに色々やって、自分が何を楽しいと思う人間か知っておく」に近いのではないでしょうか。遊びそのものが目的というより、自分の好みや限界、心地よさを把握しておくことのほうが、後々効いてくるように思います。
遊びが合わない人まで、無理して夜の街に出たり、大勢で騒いだりする必要はないでしょう。家でゲームをしている時間が一番落ち着くなら、それも立派な答えになり得ます。外に出ることが正解で、家にいることが不正解、という分け方は、やや単純すぎるのかもしれません。
「遊ぶ」より先に知りたいこと
若い時期にやっておくと役立ちやすいのは、派手な経験の数そのものより、次のような感覚かもしれません。
• 何をしている時間が、あとから思い出しても軽いのか
• 人と一緒にいると充電されるのか、消耗するのか
• 新しい場所に行くことと、いつもの場所で深めること、どちらが自分に合うのか
• お金や時間を使ったあと、満足が残るのか、空虚さが残るのか
これらは、本を読むだけでも、ゲームでも、小さな旅行でも、アルバイトでも、ある程度つかめます。手段は一つに限らないように思います。
心理学やキャリアの話でも、「自分は何にエネルギーを使うと回復するか」を早めに知っておく人のほうが、選択の迷子が減りやすい、とされることがあります。遊びも仕事も、結局はこの感覚に近い部分があるのでしょう。
無理して遊ぶ必要はない理由
「みんな遊んでいるから自分も」という流れは、分かりやすい反面、合わない人には負担になりやすいです。
内向的な人、静かな時間が必要な人、少人数のほうが楽な人まで、同じ型に当てはめる必要はないでしょう。
無理な遊びを続けると、次のようなことが起きやすいかもしれません。
• 楽しいはずの時間が、義務になる
• 「自分は楽しめない人間だ」と勘違いする
• 本当に合う趣味や関係に、時間が回らなくなる
一方で、家でゲームをしていて満たされるなら、それは逃避と決めつけなくてもよいかもしれません。集中できる、物語に入れる、一人の時間が整う。それ自体が、その人の回復方法になっていることもあります。
大切なのは、「世間の正解」より「自分にとって続くかどうか」ではないでしょうか。続くもののほうが、結果として経験にも資産にもなりやすいように感じます。
40代から見ても、この視点は残る
若い頃に全部をやり切る必要はない、という見方もできます。むしろ、自分の楽しさの型を知っている人のほうが、30代後半や40代になってからの修正がしやすい印象があります。
仕事、副業、趣味、人間関係。どれも「自分が何を楽しいと思う人間か」が分かっていると、無駄な比較が減りやすいです。他人の遊び方を正解にしない。自分のペースで試す。合わなければやめる。この繰り返しのほうが、長い目で見ると負担が少ないのかもしれません。
「若いうちに遊んどけ」を全否定する必要はありません。ただ、遊びの形は人それぞれです。外に出ることだけが青春ではなく、静かに自分を観察することも、十分に意味のある時間になり得ます。
まずは小さな実験でよいでしょう。新しいことを一つだけやってみる。いつものゲームを、少し意識して「なぜ楽しいのか」言葉にしてみる。その程度からで、自分の輪郭は少しずつ見えてくるように思います。
𝕏でも、生き方や副業、自分のペースの話を短く発信しています。
同じテーマが気になる方は、よければフォローしてみてください。
パスボックス情報局では、無理のない続け方や、自分に合った選択のメモを今後も更新していきます。